BPCレポート
はじめに
現在、様々な経緯、立場で就労する外国人が増えています。業種、職種も多岐に渡っています。それぞれの現場で日本語教育・研修が求められており、それに従事する人材の育成も急務です。
一方で、この分野の日本語教育・研修には50年以上に渡る経験、実績があるにもかかわらず、実績が未整理であること、現場を取り巻く環境が変化し続けていることなどの理由から、教育・研修を実施する上で課題も少なくありません。多様な現場それぞれに適した教育・研修プログラムは何なのか?それを選び、実施できる人材はどこで確保できるのか?といった課題です。これらの課題を解決し、多様な現場それぞれにおいて最適なプログラムを実施できる体制作りが急がれています。
そこで、BPC研究会では、この現状を改善し、今後よりよい研修・教育プログラムを提供できる環境整備を目指し、実績と課題の整理に取り組んでいます。そして、実績をリソースとして活用可能にし、人材育成の方法と機会の提供にも取り組んでいます。その成果と現状を本レポートとして報告します。
目次
1.問題点は何か?
2.問題の解決1:多様さを整理する
3.問題の解決2:学習観を共有する
4.問題の解決3:リソースを整備する
5.指導者に求められる能力の可視化
6.コミュニケーション教育としての研修プログラム
1.問題点は何か?
就労者に対する日本語教育・研修の課題を教師の視点から整理するために、現在当事者として教育・研修に携わっている日本語教師にインタビューを実施しました。その結果、多くが現状に問題があると感じており、共通する問題点として以下が明らかになりました。
●問題点1 「対象や状況が多様であるため、教育・研修の在り方について議論しにくい」
就労者の業種、職種、立場は多様であり、また研修にかけられる時間やコストも一律ではありません。まずその多様さを整理し、共通点や相違点を明らかにしていくことで、日本語教育・研修の内容について、質の向上を目指す議論ができるようになると思われます。
●問題点2 「ステイクホルダー間の共通言語、共通認識が不足しているため、意思疎通が図りにくい」
就労者に対する日本語教育に関わりをもつステイクホルダーは、学習者、教師、教育機関だけではありません。企業関係者、就職支援関係者も含まれます。言語やコミュニケーションの教育、企業活動、キャリア支援は異なる専門性をもつ分野です。就労者に対する日本語教育は、このような異なる専門性をもつ人々による協働で実施されています。しかしながら、現状はそこでの意思疎通が円滑であるとは言えません。例えば、「日本語能力試験の結果とコミュニケーション力の関係」、「職場の現場が求めるコミュニケーション力とそれに必要な日本語力の関係」など、立場による捉え方にボタンの掛け違えが生じているという話はよく耳にします。
●問題点3 「ノウハウが一般化、蓄積しにくく、担当教師の負担が大きい」
就労者に対する日本語教育において、優れた実践が蓄積していても、それが有効活用されているとは言えません。その理由として、まず、この分野の実践報告や研究が増えてきたのは最近で、まだ数が少ないことが挙げられます。また、多くの実践が企業との守秘義務当の関係で公開しにくいこと、研究や発表とつながりにくい現場で実践されてきたことなどが挙げられます。
その結果、優れた実践がノウハウとして普及する機会が少なく、教材として市販されるものがあっても開発者の意図が伝わりにくいといったことも生じていると思われます。
そこで本レポートでは、これらの問題点を一つずつ取り上げ、解決策を実行、提案して行きたいと考えています。
2.問題の解決1:多様さを整理する
まず、問題点1「対象や状況が多様であるため、教育・研修の在り方について議論しにくい」を解決するために、就労者に対する日本語教育・研修の多くの事例を収集し、その対象、目的、内容等を分析し、分類しました。その結果、教育・研修の内容を検討するには、大きく次の二つに分けて議論を始めるのがこうという結論に至りました。その上で、深く関連し合う両者の共通ニーズを見据えて個々の現場に対応することが求められています。
●企業研修(企業や業界団体から請け負う研修)
企業はどのような研修を期待しているのか、研修生はどのような状況に置かれているのか、何を望んでいるのか。それらは現実的であるのか。適正であるのか。企業研修は、これらの情報を収集し、最適解を見つけようとするところから議論が始まります。そして、研修そのものも企業活動の一部として最適化されたプログラムであることが求められます。
●就職支援(大学や日本語学校が学習者を募集して行う研修)
どのような職業を得るかは、人の人生に大きくかかわります。学習者が主体的に就職活動に取り組めるようにするには、どのような支援が必要なのか。個々の学習者の希望と置かれた状況を理解し、支援策を具体化できるプログラムが求められます。
3.問題の解決2:学習観を共有する
問題点2の「ステイクホルダー間の共通言語、共通認識が不足しているため、意思疎通が図りにくい」を解決するには、言語学習の捉え方を共有する必要があります。
就労者が日本語を学ぶ目的は、職務を遂行するためです。職務遂行のプロセスに求められる課題をコミュニケーションによって達成するために日本語を学びます。言語教育には多様な方法がありますが、このような目的に適したプログラムを実施するには、言語中心の教育との違いを理解しておく必要があります。コミュニケーション力を向上させるためのプロセスでは言語中心の学習が必要となる場合もあります。しかし、目的がコミュニケーション力である以上、これを具現する学び方、指導方法によりプログラム全体が計画、運営される必要があると考えます。
ここで注意しなければならないのは、言語中心の教育においてもコミュニケーションで使われる表現を学んだり、会話の練習をしたりすることがあるため、コミュニケーション教育もしていると考える教師が多いことです。企業関係者など教師以外も自分自身の外国語学習の経験から同様に捉えることが多いと思われます。しかしながら、言語の知識を蓄積したり使い方の練習をしたりすることで将来運用する機会に備えることと、コミュニケーション教育とは学習観が異なっています。 大切なことはコミュニケーション教育の学習観を理解し、教育に関わる関係者や学習者とその学習観を共有することです。
このような学習観をもつ考え方や教育方法の例としては以下が挙げられます。どちらも社会的な行動としてのコミュニケーションをそのままの形で生かし、言語を学ぶ考え方です。
●行動中心主義
行動中心主義は、「言語は社会的な行動をするために使うものである」と捉える考え方です。CEFRの基となっています。
●協働学習(ピア・ラーニング)
くグループで相互に協力し学習課題に向き合う学び方です。
4.問題の解決3:リソースを共有する
問題点3の 「ノウハウが一般化、蓄積しにくく、担当教師の負担が大きい」を解決するには、事例や教材などを参照、共有できるリソースの存在が必要です。このウェブサイトはリソース共有の窓口となることを目指しています。
●コースデザインの事例
行動中心主義に基づくコースデザインの事例をご紹介します。
●教材の事例
行動中心主義の基づく活動、協働学習で活用できる教材をご紹介します。
●評価ツールの事例
行動中心主義に基づくコースで、レベルチェックや到達度チェックをするための評価ツールの事例をご紹介します。
5.指導者に求められる能力の可視化
●SJ指導者Can-do Statements
コミュニケーション教育としての日本語教育・研修プログラムを成功させるには就労者に対する日本語教育のおかれた状況をよく理解し、必要な情報を収集して適切な計画を立案、実施、運営ができる人材が必要です。
このような人材をSJ(就労者に対する日本語教育)指導者と呼ぶことにします。「教師」ではなく「指導者」とした理由は、単に授業を行うだけではなく、企業に対するコンサルティング、研修実施のためのコーディネーション等の役割も担う必要があるためです。
SJ指導者に求められる能力を可視化するために、Can-do statementsの形式で記述しました。
6.コミュニケーション教育としての日本語教育プログラム
就労者が日本語を学ぶ目的は、日本語で職務遂行ができるようになることです。 職務遂行力は企業活動に参加し、経験を通して身につく力です。
就労者に対する日本語教育とは、すなわち、学習者を「企業活動に参加できるようにすること」なのです。
企業活動ではさまざまな問題が発生します。それを解決するには、そのプロセスで生じるいくつもの課題に取り組み、問題を解決する力が必要です。また、職場で人間関係を損なわずに、OJT等の研修を含む企業活動に持続的に参加できる力も必要です。
このような力を育むのがコミュニケーション教育としての研修プログラムです。