3.言語教育
SJ(就労者に対する日本語教育)の目的は、学習者が就職活動や企業活動といった社会活動に参加できるようになることであり、それに必要なコミュニケーション力をつけることです。
ここでは、コミュニケーションのための日本語教育を実施するために必要な力を確認していきます。
SJ指導者Can-do statementsでは「理解できる」「把握している」「できる」は次のような意味で使っています。
《理解できる》
その項目に関する新規の情報を読んで概要を理解できる程度の知識がある
《把握している》
SJ指導者としての活動を計画、実施する上で前提となる知識がある
《できる》
SJ指導者として十全にできる
7.音声の学習をデザインすることができる
□ 7.1 日本語の音声の特徴を把握している
□ 7.2 学習者の発音の問題点を分析的に把握できる
□ 7.3 発音指導の方法を複数把握している
□ 7.4 学習者の課題に合わせて、発音指導の方法を選び、実施できる
口頭のコミュニケーションでは、やりとりに支障の出ない発音ができることが重要です。しかし、発音の課題は簡単には克服できないので、さまざまな解決方法を知っておくとよいでしょう。
8.語彙の学習をデザインすることができる
□ 8.1 理解語彙と使用語彙、一般語彙と専門語彙の違いを把握している
□ 8.2 日本語の語彙の特徴を把握している
□ 8.3 日本語教育の一般的な初級語彙、中級語彙等の区別を把握している
□ 8.4 特定の分野について語彙学習の計画を立てることができる
言語の学習は、語彙の学習と文法の学習が大きな部分を占めています。実際のコミュニケーションに参加するには、文法よりも語彙の学習に力を入れることが近道です。語彙を学び、その語彙を使うために文法を学ぶという順序が効率的です。
9.表現や談話展開の学習をデザインできる
□ 9.1 話し言葉、書き言葉の定型表現、談話展開の特徴などを学習項目として抽出できる
□ 9.2 ある職務に頻繁に表れる話し言葉、書き言葉の表現、談話展開の特徴を見つけることができる
□ 9.3 学習者の職務経験、日本語力を考慮して、表現・談話展開の学習を計画、実施できる
コミュニケーション力をつけるには、学習者が日本語でコミュニケーションをする目的や動機をしっかりと持っていることが前提となります。それなしに例文やモデル会話を覚えても、現場で通用するコミュニケーション力をつけるのにあまり効果はありません。
学習者が目的を把握し、自分でやりとりを成立させるためには日本語をどう使えばいいのか、自分で考え工夫しながら学んでいける活動をデザインする必要があります。指導者はその支援をし、効率を上げるために、コミュニケーションの目的(課題、場面、話題など)を理解し、表現や談話展開の特徴をリソースとして整理して提供できるようにしておく必要があります。
10.評価方法及び基準を選定できる
□ 10.1 コミュニケーション教育の成果を評価する方法や基準を把握している
□ 10.2 日本語能力試験の内容や測定できる能力を把握している
□ 10.3 BJTビジネス日本語能力テストなど、就労分野に特化した能力テストについて把握している
日本語教育では日本語能力試験が広く普及しており、N1、N2を日本語能力の判定材料とする企業も少なくありません。しかし、日本語能力試験の結果は、職場で求められるコミュニケーション力の有無とは結びついていません。コミュニケーション力を評価できる方法、判定基準についての理解を深め、現場に適した方法を選び、テストの実施、結果の判定ができる力が求められます。
11.学習者の日本語力を判定できる
□ 11.1 学習者の日本語力を事前に知るための調査票を作成できる
□ 11.2 コース開始時のレベルチェックの方法を立案、実施できる
□ 11.3 レベルチェックの結果を分析し、コースの内容決定、クラス編成に反映できる
□ 11.4 コース開始後から終了時までの適切な時期に適切な方法で日本語力のが判定できる
□ 11.5 学習者の日本語力を、日本語教育関係者以外にもわかりやすく説明できる。
SJでは、具体的な職務遂行力に直結した日本語力の判定が求められます。また、その結果を企業等、雇用側にわかりやすく伝える力も必要です。
12.適切な学習項目を選定できる
□ 12.1 学習単位として適切な話題、機能、語彙、表現を抽出できる
□ 12.2 必要に応じて適切な学習項目を抽出できる
SJでは、既存の教科書を使わずにニーズに合わせてコースデザインをする場合はほとんどです。学習単位となる項目を自分で拾い出していく必要があります。そこで、コミュニケーション力をつけるためにはどのような観点から学習単位を抽出すればよいか、考えてみましょう。
13.適切な教材の選定・作成ができる
□ 13.1 各市販教材の内容を把握し、その分析ができる
□ 13.2 教室活動の目標の達成に適した教材、補足教材が作成できる
□ 13.3 学習者の学習環境や条件にあった教材を把握している
□ 13.4 教材の作成のために他分野の専門家と協働できる
SJ(就労者のための日本語教育)では、特定の教材に沿って授業が行われることはあまりありません。担当した現場のニーズを元にコースを作成する場合が殆どだからです。一方で、同種の目的を持つコースの実施経験や研究調査から開発された教材も数多く存在しています。辞書などのリソース類も含めて、多くの情報を持っておくことは重要です。実際に授業で使用したり、学習者の自習用教材として進めたりする可能性があります。また、多くの教材に接しておくと、自分が教材を作成する場合にも役に立ちます。
14.適切な教室活動を計画・実行できる
□ 14.1 教室活動が何を目標とし、どのような力を養成できるか把握している
□ 14.2 教室活動を適切に行う教授技術を持っている
□ 14.3 学習者の自律的な学習を促進、支援できる
SJの学習者は、職場・就職活動で日々遂行すべき課題があり、そのためのコミュニケーション力が求められます。教室内で適切な活動を行うだけでなく、教室外でも学習者自身が問題を発見、解決できるような力を養成する工夫も求められます。
15.タスクデザインができる
□ 15.1 言語教育の方法としてTBLTの理論や方法を把握している
□ 15.2 職務遂行のプロセスにおける行動の分析ができる
□ 15.3 行動の分析をもとに、タスクデザインができる
□ 15.4 タスクに必要なワークシートを作成できる
□ 15.5 学習者のタスク達成度を評価し、必要な対応ができる
日本語を使って何かができるようになることを目指す学習では、教室活動としてタスクが有効だと言われています。タスクにも様々な種類があります。まず、TBLTについて理解を深め、その上でSJで有効なタスクとはどのようなものか、考えてみましょう。
文法学習について
SJでは、文法中心の教育・研修をデザインを求められることは少ないはずです。ただし、学習者の日本語力の把握やタスクデザインをする際、SJ指導者には日本語教育における文法・文型の特徴や代表的な指導方法を把握していることが求められます。
日本語教育において段階的に文法を学ぶための方法、教材は豊富に開発されています。文法積み上げ式の初級教科書は数多く市販されており、その中には多言語による文法解説もあります。また、日本語能力試験(N5,N4,N3)に基づき段階的に学習した内容を確認ができる問題集などがあります。さらに最近はオンラインによる自習が可能な教材もあります。日本語教育の文法指導についての知識や経験が少ない場合は、上記の教材で文法学習の内容を把握してください。